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第4回「バスクラリネットの最低音がEsとCの2種類ある理由」

現在使われているバスクラリネットには、最低音がEs(実音Des)までのモデルとC(実音B)までのモデルとがあります。何となく、前者は初級・中級者用で、後者は上級者・プロ用という風にイメージしている方も多いのではないでしょうか? 実は、バスクラリネットの生い立ちを辿ると、複雑な経緯によって2種類の最低音を持つ楽器が生まれたことがわかります。今回は、そんなバスクラリネットの歴史にスポットを当ててみましょう。

バスクラリネットに近い楽器は18世紀前半には存在していたようですが、正式に「バスクラリネット」として登場したのは、1793年にドレスデンの楽器製作者ハインリヒ・グレンザーが製作した楽器が最初です。1793年といえば、モーツァルトがあの美しいクラリネット協奏曲を書いた僅か2年後なので、シュタードラーのバスクラリネット(バセットクラリネット)のような楽器を想像なさるかもしれません。ところが、グレンザーのバスクラリネットは、なんとファゴットのような二つ折りのボディの楽器なのです! 意外に思われるかもしれませんが、この時代の発想としては自然なものでした。

少し歴史を遡ってみることにしましょう。ルネサンス時代の管楽器は、デスカント(ソプラノ)からバスまで音域の異なるファミリーで構成されていて、バス音域を担当する楽器は何種類もありました。バスリコーダー、バスショーム、バスドゥルツィアン、バスフルート、バスクルムホルン等々。でも、バロック時代になると、これらのバス楽器たちは、バスドゥルツィアンの改良型であるファゴットを除いて姿を消してしまいます。その理由の1つには、2本の管を束ねて底の部分で折り返すというファゴット独自の構造にあったことは間違いありません。他のバス楽器は1本の長い管のままだったので、トーンホールに手が届かず、キーをたくさんつけなければいけませんでした(ルネサンス時代の美学ではキーを付けることは良くないことと思われていたようです。日本の尺八にキーを付けるような違和感があったのでしょう)。長さに関しても、管が長くなると、先端部が床についてしまうので、グレートバスリコーダーのように立って演奏しなければいけませんでした。

それに対して、ファゴットは2つ折りになっているので、座って吹くのも容易であったし、下管に相当するバスジョイントが両手の近くにあるので、短いキーで操作することが可能でした。それに加え、ファゴットやドゥルツィアンは、管を厚くして指孔を斜めに開けることで、遠くになってしまうトーンホールも直接指で操作できるというメリットもあったのです(バロック時代のファゴットのキーは3~4個しかありませんでした)。ファゴットは、フィンガリング上ではF管になるのですが、他の木管楽器ですべてのトーンホールを塞いだド(実音F)の音よりもさらにひくいファ(実音B)まで親指のキーの操作で出すことができました。バロック時代の通奏低音楽器は、チェンバロの最低音のCまで出さなければいけなかったので、ファゴットだけが生き残ることができたのです。

ファゴットの話が長くなってしまいましたが、ファゴットのボディはこのようなメリットがあったので、それをシングルリードで出そうと考えるようになったのも当然の流れと言えます。野外で演奏することの多い軍楽隊では、シンプルなシングルリードの方が都合が良かったことは間違いありません。ファゴット型のボディだと、ストラップによってバランス良く吊るすことができるので、行進にも適していました。そんなわけで、グレンザー以降、ファゴット型のバスクラリネットが多くつくられています。

しかし、このファゴット型のバスクラリネットには致命的な欠点がありました。それは、指遣いがクラリネットとは違うので、ふつうのクラリネットとの持ち替えが容易ではなかったということ。そこで、ベルギーの楽器製作者でクラリネット奏者でもあったアドルフ・サックスが、1838年に、クラリネットと同じ1本管のボディにした新しいバスクラリネットを考案しました。サックスは、管体が長くても座って演奏できるように、S字型に曲がった金属製のネックと金属製のベルを装着したのです。サックスが生まれ育ったベルギーのディナンという街は、中世から真鍮細工が盛んで、1746年に亜鉛の精製に成功したことをきっかけに、産業革命の恩恵として加工が簡単な真鍮板が量産され始めたことが背景にありました(サックスは、このバスクラリネットのアイデアをさらに進め、1846年には、オクターヴで跳躍するサクソフォーンを発表します。テナーサクソフォーンのネックやベルのカーブは、明らかにバスクラリネットの影響が見られます)。

このアドルフ・サックスのバスクラリネットに、ビュッフェ社がクローゼと開発した「ベームシステム」が搭載され、現在のバスクラリネットになりました。曲の調性によってB管とA管を持ち替える点も同じだったのですが(ファゴット型のときは多くはC管でした)、さすがにバスクラリネットを2本用意するのは難しいということで、B管にA管の最低音であるミ♭(実音Des)が出るキーなどを加えた「フルベームシステム」を搭載することで、A管は使わないようになります。

以上が、現在のバスクラリネットに至る簡単な歴史なのですが、1つだけこの楽器の歴史には不可解な点があります。それは、ストラヴィンスキーやショスタコーヴィチなど、近代ロシアの作品のバスクラリネットパートには、ベームシステムのバスクラリネットの最低音ミ♭(実音Des)よりも低いド(実音B)まで出てくる点。戦後になって、下のドまで出すことができる楽器が各社から発売されるようになりますが、それ以前の作品に出てくるのはどうしてなのでしょうか?

実は、ストラヴィンスキーやショスタコーヴィチがオーケストレーションの手本にしたリムスキー=コルサコフの「管弦楽法原理」という本(初版の出版は死後の1913年)のバスクラリネットの音域の欄では、B管もA管も最低音が下のドまでになっており、後世の作曲家がそれを参考にした可能性が高いのです。では、どうしてリムスキー=コルサコフが最低音をドまでに記したのかが気になるところですが、ブラームスやワーグナーと親交のあったリヒャルト・ミュールフェルトのために楽器を製作していたことで知られるミュンヘンのゲオルグ・オッテンシュタイナーが製作したファゴット型のバスクラリネットが残っており、その楽器ならば下のドまで出すことは可能でした(管が折り返すのでファゴットのように親指の操作で低音が出ます)。ドイツのクラリネット奏者で楽器製作者でもあるヨッヘン・セゲルケ氏にうかがったところ、サンクト・ペテルブルクの楽器メーカーのツィンマーマン(教則本でも有名です)が、オッテンシュタイナーのファゴット型のバスクラリネットをコピーして販売していたとのことでした。もしかしたら、リムスキー=コルサコフを始めとするロシアの作曲家たちは、この楽器を想定して下のドまで書いたのかもしれません。

いずれにしても、現在、バスクラリネットにはミ♭までの楽器とドまでの楽器の2種類あることは事実です。それぞれの経緯や音色の違いについて考えてみるといいのではないでしょうか?